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トップからのメッセージ(令和3年度)

トップインタビュー「長崎大学のダイバーシティの推進」

トップインタビューの第2段として、長崎大学執行部に、吉田ゆり副学長/ダイバーシティ推進センター長が直接取材!

長崎大学経営の柱として掲げられた「ダイバーシティの推進と働き方改革」についての想い、ダイバーシティ意識の醸成の必要性などを語っていただきました。

「長崎大学で働くすべての人へプラス志向になるメッセージ」をお届けします。

目次

【第一回】河野 茂 学長「変化と多様性は、人が生き続けるために必要なこと」

長崎大学 学長 河野 茂

聞き手:長崎大学ダイバーシティ推進センター長 吉田 ゆり
インタビュー:2022年2月16日 学長室にて

1.多様な人たちが、働きやすく、働きがいのある職場に

吉田副学長:河野学長は、就任第1期で「教職員の多様性を活かしやりがいを持って働く長崎大学」を掲げられました。続く第2期の長崎大学アクションプランでも、大学経営の柱として「ダイバーシティの推進と働き方改革」を掲げられています。

河野学長:当初は「男女共同参画」という言葉が一般的でしたが、今は、男女だけでなくLGBTの方や障がいを持った方、家族にお年寄りや病気を抱えた方など、もっと広い意味で多様な人(ダイバーシティ)を意識するようになりました。様々な事情を抱える人たちにとって、働きやすく、働きがいのあるところでないと、いい仕事はできないですよね。

大学病院の病院長だった時から、職員が喜んで働けるような職場づくりを目指してきました。それは学長になっても同じ。ただ2期目に入った今、トップダウンで進めても難しいところがあるな、というのが一番の感想です。教職員の意識は、こちらが思うほど、スムーズには変わってもらえないですね。

2.トップが真剣にならないと、ダイバーシティ環境は整わない

吉田副学長:意識の変容が、こんなに難しいというのは予想以上でしたね。

河野学長:男であろうが女であろうが、能力は変わりません。ただやはり、女性には社会的な制約があって、男性以上のハンディを背負うことになる。女性が働き続けながら、一定の社会的な評価を受けるとなると、今の日本では男性以上に頑張る必要がある。

僕は男3人兄弟で、僕の周りの女性といったら、お袋とおばあちゃんしかいなかった。お袋は薬剤師をしながら、子ども3人を育てていました。今振り返ると、大変だったろうなと思うんです。

僕の子どもは、3人のうち2人が女の子。すでに、女性が仕事を持つことは当たり前でしたし、お袋もそうでしたから、自分の子もそうなってほしいと願い教育したつもりです。

吉田副学長:そうしたご経験がある中で、長崎大学での現状をどのようにお感じですか。


河野学長:大学には、能力のある女性がいっぱいいるのに、異常なほど女性の教員・研究者が少ないですよね。

「業績がないから」と言う人も中にはいますが、はっきり言って、そういったチャンスを与えていないし、育ててきていない。

内科の教授時代からそう思っていたので、学長になってからも、女性にチャンスを与えるような制度ができないかとトップダウンで進めているところです。

上が真剣にならないと、本当の意味でダイバーシティという環境は整わない。よく「どうしてダイバーシティが必要なんですか」と聞かれます。今のままの日本の男性社会では、閉塞感がある。女性がもっと自由に挑戦でき、能力を発揮できるようになれば、もっと面白い大学、元気の出る大学になるはずです。

3.「長崎大学は本気」というメッセージを伝えたい

吉田副学長:学長のお母さまがそうだったように、親の生きる姿をきちんと見せられた子どもというのは、多様性を持って育ってくる。大学の先生たちも、そういう姿を見せていくことで、男女を問わずロールモデルになります。「働きやすく、多様性がある職場で、アイデアを活かしていくってこういうものなのか」ということを、学生たちにも見せていきたいです。

河野学長:日本の政治はもちろん、国民自身がもっと、若い人の教育に理解を示してほしいですね。どうして日本の将来のために大切なのかということを。女性が教員として、研究者として入ってくることの大切さも理解してほしい。政治的にも、もっと本気になってもらわないといけません。

いま問題になっているのは出生率の低下ですが、若い夫婦は、子どもを育てることに躊躇している。そうせざるを得ない日本の体制がある。やはり女性が安心して働けるように、国民自身が理解を示さないと、政治も動かないでしょう。

私たちも大学の中で、できることを一生懸命やっているけれど、本気でみんながそう思ってくれないと、変わっていかないのかなと思うんです。

吉田副学長:私は子育て支援のテーマで博士号を取ったんですが、政策分析すると、完全に日本は少子化対策に失敗しているんです。これは本気度が足りなかったということと、教育ときちんと結びついていなかったということ。行政が女性に対して、支援のメッセージを明確に示しておらず、小手先の政策にとどまっていたんです。

河野学長:それは明らかですよね。例えばフランスでは、それを明確にメッセージとして出している。だから出生率が増加するわけです。日本では選挙のたびに「少子化対策」と言っていますが、もっと本気でやらなければいけませんよ。

働き方改革についてもそうです。今の若い人や働く人のことを、国は本気で考えているのかどうか。そこはみんな見抜いていて、子どもも増えないし、女性も働きづらいまま。

こちらとしては「長崎大学は本気なんだ」ということを分かってもらわないといけないと思います。

4.ダイバーシティ推進は、「意識改革」の一言に尽きる

吉田副学長:大学でのダイバーシティ推進の課題の一つとして、職員の意識改革を挙げられていますが、そのほかに課題と感じられることはあるでしょうか。

河野学長:僕はね、やはり意識改革の一言に尽きると思うんです。我々の施策に対して、周囲からはよく「女性教員を優遇しすぎだ」とか「有能な若い男性のやる気を削ぐ」などと言われます。

でもね、逆に言えばずっと前から、有能な女性のやる気を削ぎまくってきているわけですよ。歴史的に削ぎまくってきているわけだから、あまりにも出遅れたところをしっかりと戻して、同じ土俵でやっていけばいいわけです。それと、「なぜ多様性が必要なのか」ということを、たぶん真に分かっていないのだと思います。

僕は大学に「プラネタリーヘルス(地球の健康)」という研究分野を立ち上げました。根本的な問題として、生物の多様性が失われると、地球環境が住みづらくなり、滅びてしまう。「多様性というのは、生存するために必要なんだ」ということです。変化と多様性というのは、人が今後、生き続けるために必要なことだと信じています。
みんなに「どうして多様性、ダイバーシティが必要なのか」ということを、もっと理解してもらわないといけません。

「国が数値目標を出しているから」「学長がそう言うから」という被害者意識ではなく、「やった方が絶対にいい社会、大学になる」ということを分かった上でやる方がいいですよね。

5.「こうしたい」という強い思いが、リーダーシップの根幹

吉田副学長:学長はダイバーシティの問題についても、非常にリーダーシップを持ってくださっています。大学経営や研究の中で、先生のリーダーシップの根幹になっているものとは何でしょうか。


河野学長:自分が「こうしたい」という強い思いですね。それは思い込みかもしれないけれど(笑)、自分の思いを実現させるためにはどうしたら一番いいのか、方策を考えて実行しています。

長崎大学には10の学部がありますが、各学部ごとに、若い人から行きたいと思われるような教育を提供しないといけない。そこの教員が、存在感を示すためには、社会の役に立つようないい研究をしないといけない。教育と研究、社会貢献。学長として何をすべきか、どうしたらいいのかということを、一番に考えています。

吉田副学長:思いを実現させる、ベースになっているものは何ですか。ライフに近い部分だと思いますが、その発想力とか、時間の使い方がすごく前向きですよね。

河野学長:自分の性格が、ずっと真面目だったんですよね。だから、勉強するのも真面目、そしていろんなことに興味を持つし、遊ぶことにも真面目。非常に継続力があるんです。ゴルフはずっと続けているし、書道は医学部長の時から10年以上。歌もリタイアする前から始めました。興味のあることをずっと続けていくために、時間を作らないといけないんですよね(笑)。

6.人生100年時代。仕事以外にも、面白いことを探そう

吉田副学長:働き方改革をすると「休みの日に何をしていいか分からない。好きなことがない。だから仕事するんだ」とおっしゃる人がすごく多いんです。

河野学長:仕事が好きというのは非常にいいことだけど、よほど自分で考えておかないといけないのは、「人生100年」って言われてるんだよ、ということ。

常に自分が充実して生き続けるためには、いまの仕事だけではなく、自分が本当に好きで満足できることを考えておかないと。だから僕も定年後を考え、年を取ってから書道や歌など、いろんな趣味にチャレンジしています。

死ぬまでその仕事をすることはできないんだから、仕事以外にも面白いことを探しておいた方がいいですよ。

吉田副学長:実を言うと、働き方改革は私にとっては辛かったのですが、これをきっかけに「自分は何が好きなんだろう」と一生懸命考えました。先生がおっしゃるように、将来的にこうしたいというビジョンがあれば動くと思います。

河野学長:いま目の前にある仕事だけが自分の一生ではありません。長いライフスパンの中で、その時その時に自分が楽しく生きられること、満足して生きられることは何なのか。そんなことを、日頃から考えておくんです。

もう一つ、世の中というのは面白いこと、楽しいこと、幸せなことばかりではないということ。辛いことも、思い通りにならないことも山のようにある。それが人生であり、世の中でなんですよね。

辛いことやきついことを「まあ、そうだよね」と流してみる。過度に深刻になり過ぎないということも大事です。

置かれた環境を受け止めつつ、やりがいのあることを見つけるというのは、特にこのコロナの時代、学生や教職員にとっても大切なことではないでしょうか。

気持ちの持ち方で、この世の中も大きく変わります。それを学んで、プラス志向で前に進む。苦しいことも、ちょっと楽しめるような心持ちでいてほしいですね。

こういった時代だからこそ、今のこの経験をプラスにしてほしいと心から思います。

(了)
※記事は抜粋・一部表現の修正をしています

【第二回】福永 博俊 理事「なぜ言ってはいけないのか。無意識の偏見に気づかせることが大事」

長崎大学 理事 福永 博俊

聞き手:長崎大学ダイバーシティ推進センター長 吉田 ゆり
インタビュー:2022年2月16日 理事室にて

1.まだ浸透の過渡期にある、「ダイバーシティ」の概念

吉田副学長:長崎大学では、大学経営の柱として「ダイバーシティの推進と働き方改革」が掲げられています。河野学長を支える理事として、福永理事はダイバーシティ推進のご担当でもあります。

福永理事:ダイバーシティという言葉は、辞書を引くと「多様性」と書いてあります。男女共同参画に比べたらはるかに広いイメージですが、それが果たして大学の構成員の中に本当に行き渡っているのかどうか、疑問に思っています。

私の前任は工学部の教授で、電気電子工学コースにいました。その分野の中で、「ダイバーシティアンテナ」というものがあるんです。このダイバーシティアンテナは、自動車などにもよく使われていて、一つのアンテナだけではなく複数のアンテナが付いている。例えば、車がビルの間を走る時、いろんな方向を見ているアンテナの中で、一番良く受信できるアンテナを切り替えて使うんです。

私が最初に抱いたダイバーシティのイメージは、このアンテナのようなイメージでした。

違う特性を持った人たちが、それぞれの個性を出せる。自分の専門分野に置き換えてみると、非常に分かりやすいなと感じたんです。

さらに言うと、「ダイバーシティ」というより、「ダイバーシティ&インクルージョン」という方が、私の中ではぴったりとくる。多様な人たちがみんな一緒に集まって、その中でそれぞれの個性を生かして、全体としてパフォーマンスが上がる…そういうイメージです。

吉田副学長:ダイバーシティ&インクルージョンというと、多様性をもって共生していくような、未来に希望が持てる言葉ですね。もし日本で訳語ができるときは、そういった視点も含まれるといいなという夢があります。

福永理事:ダイバーシティという言葉自体に、まだぴったりとくる日本語が浸透していないということは、概念自体が日本に入って間もなくて、社会に根付いていないということ。概念がない中で、どうこうしようとすると、戸惑いや混乱も出てきます。

ただ、言葉だけ「ダイバーシティだよ」と言っても、心の中でダイバーシティとは何か、みんなあまり理解できていない。一つの文化的な概念ができる途中なんです。かつて福沢諭吉が、「リバティ」という概念を「自由」という日本語にした過程と似ているように感じます。だから、吉田先生のご苦労も大きいと思います。

ダイバーシティ推進センターは、男女共同参画に加え、働き方改革や女性研究支援など、幅広く取り組んでいる。そこをもっとPRしていくことも非常に重要です。

2. 本人は気づかずに発言している

吉田副学長:PRもしっかりやらないといけませんね。ご批判をいただく方からは「女、女って言うけど、他にやることがあるだろう」と言われます。アンコンシャスバイアス(無意識の偏見)は、みんなの心の中にある。それに気づいてもらう働きかけも行っています。


福永理事:私も、ハラスメント関係で話を伺うことがありますが、そういうことを言う人って、本人は気づいていないんですよね。

東京オリンピックの話になりますが、森元首相の発言が問題になりましたね。本人は「そんなこと言っちゃいけないんだ」と言われても、「なぜそれを言ったらいけないのか」というところまでは、理解できていなかったと思うんです。

「そんなことを言ったらいけない」と伝えるだけでなくて、「ここにバイアスがかかっている」ということを併せて教えないと、たぶん同じことが違う場面で起こるでしょう。この点は、非常に重要だと思います。「無意識の偏見」ですから、自分が気づいていないわけです。

日本は長い歴史の中で、男性社会、家長制度が根付いてしまっている。そう簡単には抜けないかもしれないけれど、今まさに抜けていかないといけない。そんな渦中にいるのだという印象を持っています。

3.目標を掲げ、プレーヤーの数を増やそう

吉田副学長:今はまさに、プロセスの途中ですよね。大学の中でも「やれと言ってるから仕方なく」「数字があるから仕方なく」という方がたくさんいらっしゃる。私たちも、それなりに苦労しています。

福永理事:皆さんのご苦労は、よく分かります。ただ、数字で何%と目標に掲げること、これは非常に重要なんです。

特に女性の場合は、大学でのプレーヤーの数がもともと少ない。「女性が本当に研究力があるのか」などのご批判があるけれど、もともと少人数しかいないんだから、大人数の男性と比べること自体に無理がある。

まずプレーヤーの数を増やすことが、非常に重要だと考えます。

私がいた工学部は自然科学系で、全体として女性が少ない分野。私は電気が専門ですが、基礎的に勉強しないといけないのは数学と物理で、女性はさらに少なくなる。電気分野の女性教員を増やしたいと思っても、候補者がいない。

「リケジョ」を増やそうとしても、その候補になる人がいないんです。そうなると高校で、そういう候補になる若い人を育てる必要があるのではないか。

もっと考えれば、物理を教えられる教員を育てる必要がある。教員の養成体制にまで遡らないといけないのではないかと思うんです。例えば、教育学部の理科教育で、物理の教員が本当に育っているのか。そんな問いを投げかけてみても良いかもしれません。

工学部の先生が、物理の先生になったり、化学の先生になったりして、高校に帰っていくというのも一つだと思います。ただ、彼らは小学校の先生にはなれない。ですからもっと言えば、初等中等教育にも入り込んで、小さいうちから育てていく人材が必要ではないか。政府には、そこから考えていってほしいというのが本音です。

4.働き方改革では、仕事を捨てることも必要

吉田副学長:私たちは、ジェンダーギャップの解決やライフイベントの問題、ワークライフバランス、働き方改革など幅広く取り組んでいますが、長崎大学の課題も踏まえ、今後どんなことに期待されますか。

福永理事:「働き方改革」はすごく頑張っておられると思っています。とても大変な作業でしょう。大学にとっても非常に重要な課題。河野学長は、「みなさんが働きやすい環境を作る」とおっしゃっていて、私も全力でやらせていただいています。残業時間は減っているということでしたが、吉田先生の報告を聞くと、まだ厳しい面もあるということが分かりました。

私も人事担当として、職員の残業を見ているんですよ。残業の多い人はだいたい決まっている。時々、「早く帰りなさいよ」と声をかける。ただ、本人は「こんなに仕事があるから頑張っているんだ」という意識。長く残ることが、健全ではないということに、あまり気づいていないわけです。なかなか前途多難だなと思います。

仕事は捨てないといけない。やめないとどんどん増えるだけです。学校の先生はその典型だと思う。新しいことはどんどん出てきますから、何を切るかというところが非常に重要です。

企業の方からは「残業する人は評価されない」と聞くんです。「仕事が遅いだけだ」という。そこに文化の違いがあるのかもしれない。大学ではまだ、残業していると、頑張っているような雰囲気になりますものね。

上司がつい「遅くまで頑張っているよね」と評価してしまうからいけない。そうではなくて、上司が「それはだめでしょう」と本人に言わなければいけない。我々も「残業が多いところの上司は評価しない」と発信しなければいけませんね。

5.女性研究者の方が、科研費の採択率が高い

吉田副学長:当センターでは、女性研究者はもちろん、長崎大学全体としての研究力向上に対する取り組みを進めていますが、ご意見があればお願いします。

福永理事:人事で採用をする際、いつも「何をもって公平とするか」が気になっているんです。例えば、30歳の男性候補者と女性候補者がいたとします。男性の方が論文数が多い。だから男性の方が能力があると。「しかし、それは本当に公平か︖」ということです。

キャリアをよく見てみると、女性は途中で産休や育休を取っている。そうなると、単純に論文数だけで評価するのは別問題ということになる。

研究力アップの話以前に、先ほどのプレーヤーを増やそうという話になるのですが、長崎大学でも人事を検討する際は、何が公平かというのをきちんと考えてほしいんです。

男性の社会の中では、みんな同じ環境の中で競っていると思われがちですが、女性はライフイベントの影響がどうしてもある。単純に論文数で「優秀だよね」と判断するのは公平じゃないですよね。我々は、そこのバイアスをきちんとクリアしないといけないと思います。
逆から言えば、そういうライフイベントがあるから、女性をサポートしないといけない。「女性優遇」とか言われるけれども、それは違う。これからも、ダイバーシティ推進センターの皆さんには、女性をサポートするという役割を堂々と果たしてほしいと思っています。

吉田副学長:最後に、長崎大学の女性研究者へ一言メッセージをお願いします。

福永理事:女性研究者の方々へは、「みなさん素晴らしいです」と伝えたい。今後も自信を持って、いろんなことにチャレンジしてほしいですね。

私も目を見張りましたが、科研費の採択率について分析すると、女性の方が高かったんですよね。「女性を採用するから研究力が下がるんだ」という人がいますけれど、それは大きな間違い。我々もきちんと「あなたたちは間違ってますよ」と発信していかないといけません。

前にも話しましたが、「そんなことを言っちゃダメだよ」と伝えるだけでなく、もう一つ「ここが間違っている」ということを、一緒に伝えることが大切。僕は理系なので、「間違っていることは理詰めで伝えていこう」と思っているんです。

科研費の採択率は典型的な例ですが、我々はデータでも皆さんの力を示していきますので、自信を持ってやってほしいですね。

(了)
※記事は抜粋・一部表現の修正をしています

【第三回】伊東 昌子 理事「ダイバーシティ実現は、イノベーションの可能性を膨らませる」

長崎大学 理事 (学生・国際担当) 伊東 昌子

聞き手:長崎大学ダイバーシティ推進センター長 吉田 ゆり
インタビュー:2022年2月18日 理事室にて

1.「女性初」と言われなくなることを願って

吉田副学長:伊東先生は、長崎大学初の女性理事として就任されました。私たちダイバーシティ推進センターにとっても、前センター長が理事になるというのはとても誇らしく、心の支えにもなっています。

伊東理事:ありがとうございます。ただ、「女性初」と言われることには複雑な思いもあります。これまで学会の理事長なども務めた時も女性初と言われましたが、今後は女性がもっと増え、そう言われなくなることを願っています。

まだまだ、女性にとって不利な状況はたくさんあります。

ちゃんとできてないと「やっぱり女はダメだ」と言われるし、良いことをすれば「女のくせに」と言われる。最近でこそ、口に出して言われなくなりましたが、まだ何か残っている気がしますね。

吉田副学長:最近は、面と向かって口に出されることは減りましたね。でも「アンコンシャスバイアス(無意識の偏見)」は依然としてあるし、今もってまだ、顕在的に発言する人もいます。

伊東理事:海外派遣研究者に選ばれた優秀な女性研究者が、こんなことを語っていました。

彼女が共同研究する海外機関の女性ボスが「女性であることを、いかに研究に有利に使えるか」と言ったのだそう。私は、この言葉を聞いてすごいと思いました。

これは別に「女性であることを優遇して」という意味ではありません。女性の目線で研究の視点を取り入れることで、より発展性が生まれるということです。

さらに男性研究者との間で議論が深まれば、さらにそこが潮目となってイノベーションが生まれる可能性も出てくるわけです。

ソニーの共同創業者、井深大さんは「常識と非常識がぶつかり合ったところにイノベーションが生まれる」と語っています。私の好きな言葉です。初めて聞いた時「これぞダイバーシティだ」と思いました。

今の常識は、男性が中心となって作り上げたもの。女性の考えは非常識かもしれない。そこがぶつかり合うことで改革ができるのではないかと思うんです。

2.実際にやってみて、本当の実力を見せてあげればいい

吉田副学長:今まさに、推進のタイミングにあるのだから、女性研究者もその流れに乗って、チャンスをつかんでほしいですね。でも中には、「女性だから昇任した」と言われるのが嫌だと、遠慮する人もいるのが実情です。

伊東理事:そう言われるのが嫌だという人は、実際にその立場になってみて、本当の実力をもっと見せてあげればいいんです。「やはり彼女がなって良かった」と思わせないと。初めから嫌だと引っ込んでしまうと、なかなか難しいですね。

でも実は、私自身も引っ込み思案です。

大学病院で研究していた時は「研究が大好き」でした。収入が増えなくても、ポストが上がらなくても、とにかく研究がやりたかった。その後ポジションが上がり、マネジメントもするようになりました。実際にやってみることで、マネジメントも面白いということに気付きました。

経験を積んでいくうちに、だんだんと自分の幅も広くなりました

「ポジションが変われば、見ている景色も変わる」と人に言われたことがありますが、本当にそうだなと思いました。

それを女性の皆さんにも、言葉だけで理解するのはなく、実際に体験してほしいんです。

3.両面の気づきを与えた、オリンピックとパラリンピック

吉田副学長:オリンピック・パラリンピックの開催を通じて、ダイバーシティの意識も日本で変わったというところもあれば、まだまだというところもあるかと思います。伊東先生はどうご覧になりますか。

伊東理事:一つは、パラリンピックを見て、こんなに感動するとは思いませんでした。日本中の多くの人がそう感じたのではないでしょうか。すごくエネルギーをもらいましたし感動しました。日本全体に、いい気付きがあったと思います。

一方、ネガティブな方では、東京オリンピック・パラリンピック大会組織委員会の会長だった、森喜朗さんの発言ですね。「女性がいる会議は長い」という発言。女性は競争意識が強いというステレオタイプに基づいていて、無意識の偏見そのものです。

その発言に対して「違うでしょう」とも言えず、一緒に笑っていたという多くのメンバーたちも、同調バイアスという無意識の偏見が働いています。いかにも日本人っぽいなと思いました。

もう一つ、「女性理事を4割にというのは、文部科学省がうるさく言うんですね」という部分にも驚きました。上から言われて仕方なくやっているという意識。なぜ女性を意思決定層に入れなければならないか、女性活躍の本来の目的が全然分かっていない。

ただ、森さんの発言があって、「あ、そうだったんだ」と気付く人も多かったと思います。皮肉ですが、それは日本にとっては良かった。でもそれを笑うだけで、なぜいけないのか分かっていないのは問題です。

吉田副学長:女性に関して何割など数値目標を出すと、今度は「数字じゃない」と言われます。

伊東理事:私も一時期「数にこだわるのって、どうなんだろう」と思ったことがありました。でも女性は組織の中でマイノリティ。自分が発言することで「女性はこんなことを考えるんだ」と思われる。でも、それは必ずしも女性を代表して発言しているわけではないんですよね。マイノリティだと、どうしてもそう周りが思ってしまう。

でも3割ぐらいに増えてくると、全体の中の一個人として発言できる。だから数を増やしていく必要があるんです。

吉田副学長:いま理事になられてみて、長崎大学のダイバーシティの課題をどう考えておられますか。

伊東理事:森発言と同じですね。なぜ女性活躍が必要か、本当に腹落ちしている人がどれくらいいるだろうかということ、アンコンシャスバイアスが根深いということが、ちょうど一致します。

ダイバーシティと聞いただけで、敬遠する人もいますね。長崎大学病院のメディカル・ワークライフバランスセンターにいた時も、最初の反応は「なにそれ︖」。しばらくしたら「もういい」と(笑)。

でも結構、ワークライフバランスの概念も定着してきましたよね。当時、河野学長が病院長で、「もう仕事が終わったらさっさと帰ろうよ。ワークライフバランスのために」とおっしゃってくださって、「ちゃんと認識されているんだ」と嬉しく思いました。

「長時間労働が美徳」と考えられてきた時期も長かったですが、今はちょっと変わってきている。やるべきことをやって帰る人、効率よく仕事する人の方が優秀というふうに、意識が変わってきましたよね。

4.時間の使い方や段取りは、育児の経験から多く学んだ

吉田副学長:伊東理事は、長崎大学で医師として、研究者として、さらにダイバーシティ推進副学長として歩んでこられました。そのご経験は、理事のお仕事にどう生かされていますか。

伊東理事:大学病院時代は、ひたすら研究に打ち込み、それが生きがいでやってきました。その後放射線部の准教授としてマネジメントも経験し、面白いと感じました。

そうこうしているうちに、病院のメディカル・ワークライフバランスセンターのセンター長をしないかという話に。「ちょっと違う風に当たるのもいいかな」と思ったんですが、そこから本格的にマネジメントの面白さを味わいました。

研究をしていたことが、今どう役に立っているかと聞かれると、例えば時間の使い方や物事の段取りの仕方でしょうか。あと、報告書や申請書を書くのにも役立ちました。

時間の使い方や段取りについては、研究よりも育児の経験で学んだことが多かった。それがまた、研究の方にも生かされました。

5.やればできる。たくさんのサポートを受けながら、成長してほしい

吉田副学長:それはまさしく、ワークとライフがうまく影響し合う体験ですね。マネジメントすることが自分の人生にとってどんな意味があるか。追随する女性の皆さんにも伝えたいです。女性研究者の皆さんへ、一言メッセージをお願いします。

伊東理事:幼いころの経験をお話しします。私は1学年1クラスしかない、田舎の小学校に通っていたのですが、4年生の途中で転校しました。すると、勉強がものすごく遅れていることに気付いたのです。

その時の担任の先生のご配慮で、放課後に補習を受け、同級生に追いつこうと頑張りました。リコーダーの吹き方から、割り算の計算から、毎日毎日先生が付き合ってくださいました。

それが2学期の秋のこと。何と、学年成績優秀者ということで、4教科表彰されたんです。「やればできるんだ」と、その時すごく思いました。先生のおかげだったんですが、あの経験が今の私を作っていると思います。

吉田副学長:そんなご経験があったのですね。

伊東理事:それでも引っ込み思案な性格は変わらないし、自信が持てない自分に困惑することがあります。

ぜひ、シェリル・サンドバーグの著書を読んでみてください。FacebookのCOOで、私の尊敬する女性です。

「リーン・イン」という本では、彼女が女性役員として苦労した経験がたくさん書かれています。これからキャリアアップしていく女性におすすめです。

もう一冊の「オプションB」では、成功の極みにあったシェリルが、突然最愛の夫を亡くし、その辛さをどう乗り越えたかが記されています。窮地に追い込まれた時、辛い時に読んでもらいたい本です。

吉田副学長:ありがとうございます。長崎大学の女性研究者にも「この大学でやっていける」と思ってもらえるよう、私たちでバックアップしていきたいですね。

伊東理事:そうですね。私たちが、ものすごく苦しそうな顔をして頑張っていると、後輩の皆さんはその姿を見て「ああなりたくない」と思われるのではないでしょうか。だから私は、困った時でもできるだけニコニコするようにしているんです。

女性研究者の皆さんには、たくさんのサポートを受けながら成長していってほしいです。

私はいつも皆さんの味方でいたいと思っていますので、困ったことがあれば遠慮しないで相談してください。

(了)
※記事は抜粋・一部表現の修正をしています